北朝鮮帰還事業は誘拐犯罪だ!!10月6日北朝鮮帰国事業60周年プレシンポジウム(主催:北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会)参加報告

久々のブログ更新です。

先日10月6日北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会主催の

北朝鮮帰国事業60周年プレシンポジウム! 「予期される日朝首脳会談を前に在日帰国者らの帰国・里帰りを求める」
に参加しました。
シンポジウムに登壇された方は下記のとおりです。

高柳俊男・法政大学国際文化学部教授

菊池嘉晃・『北朝鮮帰国事業ー「壮大な拉致」か「追放」か』(中公新書)著者。

山田文明・北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会名誉代表

石川学氏 在日脱北者 1972年帰国船で北朝鮮へ渡航

白木敦士弁護士・脱北者の損害賠償請求訴訟(東京地裁)の原告代理人 

白木敦士弁護士は、今年の8月20日、「北朝鮮は『地上の楽園だ』」という虚偽説明で北朝鮮に行かせたのは、北朝鮮政府による誘拐行為だ』として、川崎栄子さんら5人の在日脱北者が北朝鮮政府を相手取って起こした損害賠償請求書賞の原告代理人です、

いただいた資料(在日朝鮮の人々の帰還事業年表)によると第一次帰国船が新潟港を出港したのが1959年12月14日、そして北朝鮮の東岸の清津港に入港したのが12月16日ということなので、来年で60周年を迎えるというわけです。

この帰還事業がスタートするまでの間には、在日朝鮮人らによる北朝鮮への帰還を訴える座り込み、ハンガーストライキなどもあったようです。

1958年には「在日朝鮮人帰国協力会(鳩山一郎会長」が結成され、衆議院の第一議員会館で総会が行われ、政界でも北朝鮮への帰還を後押しする動きが出てきました。

1959年9月、週刊『朝鮮総連』に「地上の楽園」という言葉が掲載され、うその宣伝が始まりました。

帰還事業は、途中、中断期間があったものの、結局1984年まで続きました。

1984年といえば、すでにサンケイ新聞が「アベック3組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」を掲載したずっと後です。この記事は1980年1月7日付。北朝鮮と明言こそしていませんが、北朝鮮は疑惑の渦中にあったといえます。

sankei02 (1)

そんな国に、93、340人もの在日朝鮮人および日本人妻を帰還させていたわけです。

この9万人余の人たちが人質となり、日本に残った家族は、朝鮮総連の言いなりにならざるを得ず、スパイにさせられた人もいました。その中には日本人の拉致に関与した人もいるのです。

シンポジウムでは、北送船に乗って、北朝鮮の港についても上陸を拒否した人がいたという証言を脱北者から複数の証言があったという報告もありました。この帰還事業は、本人の意思によらない圧力があったとみるのが妥当だと言わざるを得ません。

詳しいシンポジウムの内容については、是非、森本さんのFaceBookの記事をご覧ください。

 

北朝鮮帰還事業は誘拐犯罪だ!!10月6日北朝鮮帰国事業60周年プレシンポジウム(主催:北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会)参加報告” への1件のフィードバック

追加

  1. シンポジウム登壇者のお名前とプロフィールに誤りがありました。
    川島高峰・明治大学情報コミュニケーション学部准教授(予定)誤り
    正しくは、石川学氏 在日脱北者 1972年帰国船で北朝鮮へ渡航 でしたので、訂正いたします。

    また、川島高峰氏が脱北者であるというと記載しておりましたが、こちらは事実とは異なりますのでこの記述は削除いたしました。

    大変申し訳ありませんでした。

    いいね

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